FORTUNE ARTERIAL リレー小説@

参加メンバー

トーマ  リレー小説発案者・トップバッター 
名無し(負け組) リレー小説切欠製作者
七夜 通称社長、ネタ&オチ担当
優弥 途中参加、路線変更役

開始- トーマ





 渡り鳥のようだ。

 自分のことをそう思っていた時もある。

 父親の仕事の都合。自活出来ない学生では、それに従うことしか出来ない。

 もちろん、そんな学校生活で友達など出来るはずもない。

 俺自身も過去の事件から深い付き合いを避けていた。

 知り合っては別れを繰り返し、誰の中にも残らない。

 そんな生活を変えたくて、俺はここにやってきた。

 修智館学院。

 吸血鬼や生徒会など、色々と予想の斜め上を行くこともあったが、それでも『あの時の選択』を後悔したりはしていない。

 そう、俺は確かに欲しかったものを手にいれたのだ。

 かけがえのない仲間。親しい友達。

 少し前までの俺が、欲しがって、それでもどこかで得ることを怖がっていたもの。

 それが得られた今、俺は本当に満たされていた。


 ただ……


「孝平」

「支倉先輩」

「孝平」

「こ〜へ〜」

「孝平くん」


 ここで知り合った5人の女の子。

 この娘たちが俺の目下の悩みの種だった。

 5人が5人とも掛け値なしの美少女。

 そんな彼女たちと仲が良い…かどうかはわからないが、よく話す俺は学院中の男たちから嫉妬の視線を受けている。

 その他にも、生徒会長から無責任に焚きつけられたり、5人の中の1人の兄でもある財務担当の先輩から殺人視線を受けたり…。

 とにもかくにも、俺の学院生活は、心休まない状態になっていたりする。

 ……俺、前世で何かしたのかなぁ……





そのに! - 名無し(負け組)





 ある日のこと。

 俺は珍しく、悪友の八幡平司と昼食を取っていた。

 いつもなら5人のうちの誰かと食べてたから、司との昼食は久しぶりだ。

 特に会話もなく、静かに大盛屋台風焼きそば(紅ショウガ抜き)を食べていると。


「おい。孝平」


 少し真剣な表情で司が話し掛けてきた。


「何だ?」

「単刀直入に聞くが…お前、本命は誰なんだ?」

「…はぁ?」


 何の話か、さっぱり分からなかった。


「とぼけるなよ。お前が美少女相手に五股かけてるって噂が耳を塞いでても聞こえてくるし、お茶会やってたら、嫌でも噂は本当だと分かる」

「五股って……ただ、話す機会が多いだけだと思うんだが」


 俺としては五股をかけてるつもりなんて毛頭ない。


「孝平…その言葉、本気か?」

「当たり前だろ」


 本当に五股をかけてたら、俺は最低野郎だ。


「…まぁ、逆に本人に自覚がないから、噂が広まったんだろうな」


 俺の言葉に何かを納得したのか、1人でうんうんと頷く司。


「勝手に自己解決するなよ」

「気にするな。お前には関係のないことだ」

「はぁ?」

「質問を変えるぞ。お前、今、好きな女いるか?」

「……いない、かな」


 近頃は5人の少女とよく話しているが、特に異性とかを意識したことはなかった。


「そうか」


 この後、俺達2人の間に特に会話はなく、昼飯を終えたのだった。

 にしても何で、司はあんなこと、聞いてきたんだろうな……。





其の参 - 七夜





 時は流れて放課後。

 退屈ながらも身のある授業を終え、さてこれからどうしようかと悩んでいた時の事である。

 お茶会をするにしてもまだ誰もいないであろう時間。

 いや、陽菜と紅瀬さんは同じクラスなんだから一緒に行けば良いわけだけど。

 しかしながら昼食時に司に「五股」とか疑惑をかけられたばかりだ。

 そんな時に一緒に行動するのも正直「その通りですよ」と言ってるようにしか思えない。

 と、なると少しくらい一人になった方が良いか、とも思う。

 そう思い、一人でクラスを抜け出した……はずなんだが。


「はて、なんで二人共俺の隣にいるのだろうか?」


 既に両隣には陽菜と紅瀬さんがいた。

 右隣にいる陽菜は


「なんでって、幸平君が出て行くの見て慌てて荷物まとめたんだからね」


 なるほど、何も言わずに出たのが逆に裏目に出たらしい。

 逆に左隣にいる紅瀬さんは


「私を出し抜けると思っていて?」


 ……なるほど、無理だ。

 結局俺は二人を連れ、更に途中で他の人と合流して生徒会室を目指すのである。

 ……明日にはまた噂が広がってるだろうなぁ、とか思いつつ。





そのよんっ!! - トーマ





 カチ……カチ……

 時計の針の音だけが響く。

 この場には6人もいるのに誰も話さない。

 ただ、沈黙だけが場を支配していた。


(な、何なんだ、一体?)


 とりあえず、頭の中で状況を整理してみる。

 授業が終わり、教室から出ようとしたところで陽菜と紅瀬さんに捕まる。

 生従会室へと向かう途中にかなでさんに会う。

 陽菜と紅瀬さんを見て、かなでさん何故か不機嫌。


「…こ〜へ〜、ヒナちゃんときりきり連れて何してるの?」


 と聞かれたので


「これから生従会室に向かうところです」


 と言ったら、「私も行く」と言われた。

 駄目ですと言ったのだが、押し切られてしまい、渋々許可。

 何故か陽菜と紅瀬さんの機嫌が悪くなる。

 新たにかなでさんを加え、生従会室に向かっていると、礼拝堂の前で白ちゃんに遭遇。

 これから生従会室に行くところとのことなので、一緒に行くことに。

 かなでさん、陽菜、紅瀬さんの機嫌、さらに悪化。

 生従会室に着くと、会長と副会長がいた。

 俺を見て、何故か副会長の額に青筋が浮かぶ。

 会長によると、東儀先輩は所用により今日は来ないとのこと。

 白ちゃんが持ってきてくてたお茶を飲みながら、今日の仕事を片付け始めたのだが…何故か誰も喋らない。

 そうこうしているうちに、会長が


「あぁ、しまった。今日は用事があるのをすっかり忘れていたよ。可及的速やかに終わらせなければいけないな。と、いうわけで、俺は今日は失礼させていただくよ。では」


 とか言いながら、常識では考えられないスピードで生従会長から飛び出ていった。

 そんなわけで、この状況が出来上ったわけだ。


(どうでもいいけど、会長逃げたな)


 まぁ、気持ちはわからなくもない。

 誰だって、こんな緊張感漂う場所にいたいとは思わないだろう。ダイナマイト工場で火遊びするようなものだ。

 出来ることなら俺も逃げたいのだが、先ほどから副会長から無言のプレッシャーが放たれており、もはや席を立つことすら出来ない。


(さて、どうしたものか…)


 どうすればいいのか考えも及ばず、俺はこのところ習慣となりつつある、特大の溜息をついたのだった。





その後… - 名無し(負け組)





 この雰囲気の中で仕事がはかどる筈もない。

 と言う訳で、副会長からのプレッシャーに打ち勝つため、力を振り絞り立ち上がる俺。


「孝平……どこに行くつもりかしら?」


 逃げるつもりだと思ったんだろう、副会長が俺を睨む。


「ちょっと仕事がはかどらないから、気分転換に倉庫の掃除でもしようと思ってさ」


 本当にそう思って立ち上がった。


「ふ〜ん……」


 副会長は俺の言葉を信じなかったのか、訝しげに俺を見ていた。


「体育祭の時みたいに資料探してる時にどこにあったか分からなかったら、困るだろ?」

「…」


 副会長もその時のことを思い出したのか、渋い表情を浮かべていた。


「それに、倉庫からどうやって逃げれるって言うんだ?」

「……分かったわ」


 諦めたように、溜息をつく副会長。


「サンキュー」


 俺は心の中でガッツポーズを作って、逃げだすかのように、足早に倉庫へと向かった。

 だが……


「孝平くん。私、手伝うよ」


 陽菜に呼び止められた。


「い、いいって。お客さんに掃除になんて手伝わせられないよ」

「ううん、気にしないで。私、美化委員だから学校を綺麗にするのがお仕事だし。それに…」


 陽菜は急にモジモジしだした。

「きょ、今日は美化委員のユニフォームだって持ってるし……///」

 「……」


 美化委員のユニフォームか……着てる本人は物凄く恥ずかしいんだろうけど、あれを着た陽菜って物凄く可愛いんだよなぁ……。


「ん……それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか」


 ……決して、美化委員のユニフォームの誘惑に負けたわけじゃないからな。


「うん♪任せといて。それじゃあ、私着替えてくるね」


 陽菜は嬉しそうに微笑み、美化委員のユニフォーム(メイド服)を持って、更衣室(何故か監督生寮にある)に向かった。

 ちょっとだけ、気合が入ってきた。

 俺は意気揚揚と下の倉庫に向かおうとした。

 だが……


「支倉先輩、私もお手伝いします!」

「わたしも手伝うからね、こーへー♪」

「……私もやるわ」

「か、勘違いしないでよね。ちょうど倉庫の掃除をしようって思ってたところなんだから」


 ほぼ同時に残りの4人がそう言ってから、全員で睨み合う。

 ……あれ?

 何かさっきより雰囲気が悪くなってるんですけど。





修智館学院活動記録其六 - 七夜





「幸平君、これ何処に仕舞えば良い?」

「それはそっちの棚に入れといて」

「こーへー、これは?」

「それは……箱に突っ込んじゃって良いや」

「先輩、これちょっと運んでもらえますか?」

「重いのは俺がやるから白ちゃんは軽いのでいいよ」

「ちょっと幸平!これどうするのよ!」

「副会長はどうすれば良いか知ってるだろ」


 混沌と書いてカオスである。

 何がって今の状況が。

 五人が五人、ことあるごとに俺にしきりに話しかけてくる。

 ……なるほど、五股とか言われる由縁がよく分かる光景だ。

 だからといってどうしようもない。

 何せ離れようとしたらくっ付き、離そうとすれば余計に引っ付くからである。

 ……やっぱ流されてるなぁ、とか思いつつ倉庫の仕分けの半分ほどが終わった時のことである。


「幸平」

「あれ、紅瀬さん?」


 そういえば途中からいつの間にか姿を見なかった。

 何処へ行ってたんだろう? と思ったのも束の間。

 紅瀬さんは手に持っていたジュースを放り投げてきた。


「おっと」

「あげるわ」

「あ、助かる。ありがとな」


 正直、いつまでも埃っぽい所にいたうえに面倒な作業をしていたために有難かった。

 しかも陽菜とかじゃなくて紅瀬さんがわざわざ気を使ってくれた辺りが余計に嬉しかった。

 しかも変なのじゃなくて普通のジュースだ。

 これは純粋に喜ばしい。


「……」

「……」

「……」

「……」

「フッ」


 ……が、他の四人はそうでもないらしかった。

 睨み付ける勢いで紅瀬を見るが当の本人はサラッと受け流した。


「そんなに睨まなくても貴方達にもあげるわ」


 と言って他の皆にも渡す紅瀬さん。

 ……なんだろう、そこはかとなく笑みが普通の笑みとは違う気がする。


「……アリガトウ」


 他の皆もスゲー棒読みだった!


「……そろそろ再開するか」


 ジュースを飲んで一息つけたはずなのに更に重苦しくなった雰囲気の中。

 俺達は黙々と……いや、やっぱり皆が更に語りかけてくるなか長々と作業を再開するのであった。





その奈々! - トーマ





「ふぅ…」


 流石に長時間作業をしていると疲れてくる。

 持っていた荷物を下に降ろし、額の汗を袖で拭う。

 どちらかというと肉体より精神的疲労の方がキツかったりするが…。

 などと考えていると……


「支倉せんぱ〜い……」


 後ろから声がかけられた。


「この声は…白ちゃん?」

「は…は〜い」


 振り向いてみると、そこには顔が見えなくなるくらいの荷物を抱えた白ちゃんが、頼りなさそうな足取りでこっちに歩いてきていた。


「こ、この荷物……なんですけど……どこに……」

「しっ、白ちゃん、大丈夫?」

「はっ、はい……だい……じょう……ぶです……」


 全然大丈夫そうに見えない。

 足は震えてるし、左右にいったりきたりしてるし。


「手伝うよ」

「はっ、はい〜。ありがとうござい……きゃあ」


 言ったそばから、足元にあったダンボールにひっかかり、白ちゃんが転ぶ。

 持っていた荷物が横にあった棚にぶつかり、上の方の棚に置いてあった物が、白ちゃんの上に落ちてくる。


「白ちゃん!!」


 叫びながら、俺は落ちてくる物から守ろうと白ちゃんに覆い被さる。

 ドサドサドサッ。

 背中に衝撃が走る。

 幸いにもそんなに重い物はなかったようで、さほど痛くはなかった。


「いたたたた…大丈夫、白ちゃん?」


 ケガとかしてないといいけど…などと思いながら白ちゃんに視線を向ける。


「支倉……先輩……」


 そこには何故か潤んだ瞳で俺を見詰める白ちゃんの顔があった。

 覆い被さる状態の為、俺と白ちゃんの顔の距離がわずか30センチほどしかない。

 流石に至近距離で見詰められると恥ずかしいんだけど……。


「あの〜……白ちゃん?」

「あの……私、支倉先輩なら……」


 そう言うと白ちゃんは瞳を閉じる。

 ……え〜と……一体何が……。

 などと軽いパニックに陥っていると……。


「こーへー」


 ……頭のどこかで警報がなってる。

「孝平くん」


 「振り向くな」と本能が警告している。


「孝平」

 しかし、背後からのプレッシャーにより、俺の意思とは関係なく、俺の顔は徐々に後ろへと向けられる。


「……は・せ・く・ら・くん」


 振り返ると……そこには4人の修羅がいた。

 その後のことはあまり覚えていない。

 気がつくと、俺は自分の部屋のベッドにいた。

 体は全力疾走でマラソンしたかと思うぐらい重く、節々がいたかった。


「な、何だったんだ……」


 それだけ言い残し、俺の意識は再び闇へと落ちていった。





そのハチ - 名無し(負け組)





 ……気付けば朝になっていた。

 一体何時間寝てたのだろうか。寝すぎて体がだるい。

 しかし、いつまでも寝てるわけにはいかないので、ベッドから体を起こそうとした。

 だが……思った以上に体が重くて起こせなかった。

 あれ……?俺の体ってこんなに重かったっけ……?

 つか、俺の腹辺りに、何か温かい吐息のようなものが……

 バッ!

 布団を捲るとそこには……


「むにゃむにゃ……こーへーのえっち……」


 夢の中で俺に変なことをされてるらしいかなでさんの姿があった。

 何で彼女がここに?

 ……って、なんつう格好をしてるんだ!

 かなでさんは俺のらしきYシャツと下着だけ身に纏った状態で眠っていた。

 何が……どうなってるんだ……?

 俺が混乱していると……


「むにゅ……あ、こーへーだ……」


 目が覚めたらしい。


「かなでさん」

「おはよー……」

「おはようございます……で、何で俺の部屋にいるんでしょうか?」

「え〜……こーへーを起こしに来たからに決まってるじゃん」

「だったら、どうして俺のベッドで寝たんでしょうか」

「こーへーの寝顔が気持ち良さそうだったから、つられてわたしも眠くなっちゃったの。だからこーへーのせい」


 俺が悪いのか?

 まぁ、そこんとこは気にしないでおこう。


「後……なんで、そんな格好を?そのYシャツ、俺のですよね?」

「え〜っと……ハンガーに掛かってるのを見て、着たくなっちゃったの」

「それだけの理由ですか?」

「……ごめんね。Yシャツは洗濯して返すから」


 申し訳なさそうな顔をするかなでさん。

 そんな彼女に俺は首を振った。


「別にいいですよ。それ、ちょっと襟元がほつれてきてたところなんで、新しいYシャツを着ますから、洗わなくてもいいです」

「えっと、捨てるの?」

「まぁ、襟元がほつれてるとやっぱダサいですしね。勿体無いとは思いますけど、捨てますね」

「えっと……それじゃあ……」


 急にモジモジしだすかなでさん。

 ……その服装だったら、何と言うか、煽情的に見えてしまう俺は負け組なのだろうか。


「このYシャツ、わたしにくれないかな?」

「へ?」


 何でそんなことを言い出したんだろう。


「駄目、かな?」

「いえ、そんなことはないですけど。……まぁ、捨てるだけだし、欲しかったら、かなでさんにあげますよ」

「本当!?」


 顔を輝かせるかなでさん。


「はい」

「ありがと、こーへー!」


 かなでさんが嬉しいのか、俺に抱きついて来た。

 下着を纏ってないみたいなので、彼女の小さいながらも柔らかな胸の感触がダイレクトに伝わってきた。


「えと……抱きつくのはいいですけど、着替えてください。その格好だったら、俺、間違えてかなでさんを襲っちゃうかもしれませんから」

「……いいよ」


 小さな声でかなでさんが俺に囁く。


「かなでさん?」

「……こーへーだったら、襲ってもいいよ」


 頬を赤く染めて、目を瞑るかなでさん。

 ……こんな格好であんなこと言われたら、もう我慢なんて出来ない。


「行きますよ?」

「……///(コク)」

 静かにかなでさんが頷いたのを見ると、俺は自分の唇をかなでさんの唇に……

 ガチャ


「「!?」」


 唇が触れる寸前に扉の音に驚いて、俺達は慌てて離れた。

 誰かが俺の部屋に入ってきたようだ。

 一体、誰が……?


「……2人とも、朝早くから何やってるのかな?」


 この声は……


「ひ、ひなちゃん……」


 かなでさんの最愛の妹、陽菜だった。





そのH - 七夜





 ワーニン、ワーニン!

 警報が俺の頭の中で響き渡る。

 今、俺はかなでさんと共にベッドで寝ている。

 ついでにかなでさんは俺のYシャツと下着、半裸状態である。

 更に言うとキス寸前の状態である。

 ……あぁ、100%誤解される雰囲気だわ、こりゃ。

 誤解も何も半分はかなでさんの、もう半分は俺の本能による行動で全てその通りではあるんだが。

 半分以上はかなでさんが部屋に侵入したのが原因だがだからと言って咎めることは出来ない。

 何故なら現在、かなでさんと口付けしようとしたのは俺自身の意思だからだ。

 つまり、このことに関してはほぼ同罪と言ってもいい。

 いや、罪なんかはないけど。罪悪感はあるが。

 だがこの場を他にどうにかしようかと思うと、考え付かない。

 かなでさんを盾にするわけにもいくまい。

 そんなことしたら外道のレッテルまで貼られてしまう。

 ……弁解の余地ねぇや。


「ねぇ、幸平君、お姉ちゃん。どういうことか説明してくれない?」


 以上、数秒の間で私怒ってますオーラを放つ陽菜に対して言い訳を考えていた俺の思考である。


「ま、待て、落ち着け陽菜。ちょっと話をしようぜ」

「そ、そうそう! ひなちゃん落ち着いて話を……」


 なんとか説得を、と思いその方向へ誘導する俺とかなでさん。

 だが、分かっていることながらこの手の話でこのパターンに持っていくことは……


「うん、私落ち着いてるし、話聞こうと思ってるよ? だから今、話して。二人で何をしてたのかなぁ?」


 ……不可能である。

 だけど他にどうしろっていうだよ!


「ねぇ、ちゃんと私の目を見て説明して。二人共何をしていたの?」

「え、えっと……」

「そ、それは……」


 なんとか説得しようと色んな案を出す。


 1、一緒に寝てた。

 これが正解だがんなこと言ったら間違いなくそっち方向に解釈されて地獄を見るのは決まっている。

 2、かなでさんが寝ぼけて俺の部屋まで来てしまった。

 ……どうやって男子寮と女子寮を間違えるんだ。

 3、キスしようとしてた。

 論外だ。

 クッ、策は、策は無いのかっ!?

 そう思っていた時。


「そう……何も言わないってことはそういうことなんだ」


 陽菜が自分で何かを納得した。

 ……って待て!? 今、何を納得しんだ!?


「ひ、ひなちゃん……?」

「お姉ちゃんの格好、一緒にベッド、この二つが揃ってる時点で分かってたことだよ……」

「お、おい陽菜?」


 まさか……。


「幸平君の……」


 陽菜は拳を握る。

 いや、おい待てちょっと待て色々待て!?


「馬鹿ぁーっ!!!」

「グハッ!」


 殴られた。グーで。

 殴られた。陽菜に。

 痛いとか、そういうレベルを通り越してた。

 あー……星が見える。

 あれでも今は朝だったはずであれ、あれあれ。

 意味不明な思考の渦に悩みながら俺の意識は闇へと落ちていくのだった。





It is gun(それは銃です) - トーマ





 ガラッ

 教室の扉を開ける。

 次の瞬間、教室の中にいたクラスメイトの視線がこちらに向くが、コンマ一秒で一斉に視線を逸らす。

 俺は気にせず自分の机へと向かい、カバンをかけてイスに座る。

 クラスメイトたちは俺に何か言いたげにしているが、少しでも俺を目が合うとすぐに視線を逸らす。

 俺も俺で気にした風もなく、向けられる好奇の視線を受け流す。

 転校続きの生活で勝手に身についた、あまりありがたくない技能だったが、今の状態では逆にありがたかった。

 十分ほどそうしていると……


「おはよう」


 司がやってきた。


「おはよう」

「おう…どうしたんだ、その顔?」


 何気ない司の言葉に教室がざわめいた。

 そりゃそうだろう。今まで聞きたくても聞けなかったことをあっさりと聞いてしまったのだから。

 司の言う顔とは俺の顔、詳しく言うと俺の右目にできた青アザのことだろう。

 言うまでもなく、朝の一撃によってできたものである。


「あぁ…これな」

「朝っぱらからボクシングでもしてきたのか?」

「…そんなとこだ」


 笑って誤魔化す。

 まさか、「朝起きたらベッドに裸Yシャツのかなでさんがいて、雰囲気に流されてキスしようとしたら、陽菜に見られて殴られた」なんて言えるわけがない。

 ちなみにあの後、殴られて気を失っている間に陽菜とかなでさんは部屋を出て行ったらしく、気がついた時には二人ともいなかった。

 学校に来る途中でも会わなかったので、結果一人で来ることになった。


「ふーん…ま、いいか」


 そう言うと司は自分の机まで行き、そのままイスに座る。

 おそらく、俺が言いにくいことだと解り、追及しないでくれたのだろう。


「サンキュ」

「昼、焼肉定食」


 それだけ言い残し、司は机に突っ伏した。

 いい奴と友達になれた。そんなことを考えながら、俺は予鈴が鳴るのを待つことにした。





阪神の11番は永久欠番 - 名無し(負け組)





 司が机に突っ伏した直後、陽菜がやって来た。


「おはよう♪」


 笑顔がかなり怖い。


「…お、おはよう」


 陽菜は自分の荷物を机の上に置いた後は、椅子に座って、俺をじぃ〜っと見つめていた。


「…俺の顔に何か付いてるか?」

「ううん。何も付いてないよ」

「…そうか」

「……」


 そして、また俺の顔を黙ってじぃっと見つめだす陽菜。


「…」


 き、気まずい。

 その上、好奇の視線も重なって、居心地がかなり悪い。

 でも…俺の真後ろからの視線は感じなかったので、後を振り返ると、紅瀬さんがまだ来ていないことに気付いた。

 もうHRも始まるって言うのに。

 ……まさか、眷属特有の強制睡眠なのか?

 ちょっと気になるな。行ってみるか。

 俺は椅子から立ち上がり、ドアの方へ向かった。


「孝平くん」


 しかし、陽菜に声を掛けられる。


「どこへ行くの?もうすぐ青砥先生来るよ?」

「ちょっとトイレ」

「……そう?」


 あまり信用していない気がするけど……まぁ、いいか。

 それより、この雰囲気から早く抜け出したい。


「それじゃあ、結構ヤバイから」


 俺はすぐにでも漏れそうと思わせるため、早足で教室から出て行った。

 ちなみに、陽菜は付いて来なかった。

 さすがに、男子と女子で連れションっていうのはありえないからな。




 キーンコーンカーンコーン…

 俺が校舎から出ると、ちょうど本鈴が鳴った。

 ……こりゃ、サボリになるな。

 でも、あの居場所が無い教室にいるよりかはマシだ。

 そう自分に言い聞かせて、シスター天池がいないことを確かめて、早足で紅瀬さんがいるかもしれない丘へと向かった。

 そして、山を抜けて丘に辿り着き、上がっていくと案の定と言うか、紅瀬さんが寝ていた。


「すー……すー……」


 気持ち良さそうな寝顔だ。

 いつもあんな鋭い目で誰も寄せ付けない雰囲気を醸し出してるいつもの彼女とは、まるで思えないぐらいの可愛い寝顔だ。

 俺は彼女の頭を膝に乗せて、頭を撫でる。


「う…」


 起こしたかな?

 少し不安になるが……


「すー……」


 杞憂で済んだ。

 俺は胸を撫で下ろす。

 さて……さすがにここには陽菜どころか、誰も来ないだろうから…どうしようかな。


「すー…」


 紅瀬さんの寝顔をずっと見てるのもいいかもしれない。

 こんな綺麗な寝顔ならずっと見てても飽きないからな。

 俺は紅瀬さんの頭を撫でる。


「すー…」


 起きる気配は無いが、撫でていると少しだけ嬉しそうにも見える。

 つか……昨日、あんなに寝たのに……彼女の、寝顔見てたら……なんだか、眠く……


「ぐぅ……」


………

……




「うぅ……ん?」

「おはよう」


 俺の意識が戻り目を覚ますと、視線の先に紅瀬さんがいた。

 頭に柔らかい感触が伝わってくる。

 ……どうやら、俺が眠ってしまっていた間に、紅瀬さんが目を覚まし、逆に俺の膝枕をしてくれていたようだ。


「俺のことなんて、放って置いて戻ってくれてもよかったのに」


 しかし、彼女は首を横に振る。


「孝平のあんな可愛い寝顔を前にして、放って帰るなんて出来るはずがないじゃない」

「…えと、もしかして、ずっと見てた?」

「ええ」

「……出来れば忘れてくれないかな?」

「嫌」


 即答された。

 そして、紅瀬さんが立ち上がる。


「それじゃあ、お腹も空いたし、戻りましょう」


 時計を見ると、ちょうど昼休み寸前の時間帯だった。


「そうだな」


 俺達は2人並んで歩いて、丘を後にした。





とに(12)かく書こう - 七夜





 さて、教室に戻ってみたらそこは修羅場だった。

 どういう意味か、と聞かれると陽菜がカンカンに怒っていたことである。

 ……まぁ、トイレ行くとか言ってそのまま午前の授業オールサボタージュしたら怒るわな。

 おまけに紅瀬さんと揃ってだし。

 朝の件も含めてなんか言われそうだったからその際は流石に口を挟んだが……。

 必死に説得してなんとか許してもらったが……。

 そういえば今朝も怒らしていた。

 ……今日はやけに陽菜の怒りを買う率高けぇーな。

 ここらでご機嫌取っとかないといい加減、後ろから刺されるかもしれない。

 ……考えといてなんだがシャレになってねぇ。



 さて、現在の時間は昼飯時。

 「ちゅうしょくじ」と「ひるめしどき」って荒っぽさが全然違うのに漢字に直すとあら不思議、同じ字体である。

 ……いや、どうでもいい。とっとと用件を済ませよう。


「おい司、飯行こうぜ」

「おう」


 俺がこの時間にこの無法地帯に戻ってきた理由は司との約束のためだ。

 朝の件で口約束とは守らなければ失礼だろう。

 紅瀬さんにもわざわざ一度戻らなくてはならない、ということを告げて戻ってきた。

 まぁ、結局一緒に戻ってきたんだが。

 ……しかし焼肉定食か……まぁ、大丈夫だろう。


「先約があったのかしら?」


 紅瀬さんに訪ねられる。

 そういえばこっち戻ってきた理由言ってなかった。


「あ、あぁ。司に飯奢る約束を」

「……そう、ならお邪魔しても問題ないわね?」

「問題ないよ。なぁ?」


 同意を求め、司に振る。

 司はそのまま頷こうとして……突然やめて口を開く。


「いや、俺は構わないが……後ろ」

「後ろ?」


 司に言われ、何も考えず振り向こうとして――振り向いて後悔した。


「私も行っても良いよね? こ う へ い 君 ?」

「……ハイ、モンダイゴザイマセン」


 陽菜がまた怒っていた。

 いや、怒り続けていたというべきなのか。

 とにかく掴むその手が痛い。

 肩! 肩外れるって!




 こうして四人で食堂へ向かう……のだが。

 胃が痛い……。





13わ〜!! - トーマ





「「「…………」」」


 空気が重い。

 何故だろう、楽しい食事の時間のはずなのに全く心休まらないのは。

 重苦しい雰囲気が漂っているせいで、俺たちの周りの席にいた奴らもそそくさと別の席に移っていった。

 正直俺も逃げたいのだが、席を立とうとすると左右から強烈な視線が向けられるので動くことが出来ない。

 唯一の味方であるはずの司の方に視線を向けると……


「やっぱり上手いな」


 思いっきり焼肉定食に舌鼓を打っていた。


(孤立無援か……)


 そんなことを思いながら、何となく紅瀬さんの方へと視線を向けた。

 ……真っ赤だった。

 いや、もう真っ紅だった。

 見てるだけで気分が悪くなりそうな程だった。

 すでに元がなんだったのかわからないくらい紅かった。


「どうしたの?」


 俺の視線に気づいたのか、紅瀬さんが不思議そうな顔をする。


「……紅瀬さん……それ、何?」

「ミートソースよ」


 あぁ〜、ミートソースね。なるほど、確かによ〜〜く見ると…………………………。

 ごめん、嘘。全くわからない。


「おいしいのか?」

「えぇ。食べてみる?」

「遠慮しとく」


 人間が食べる物の色じゃない。


「はい、どうぞ」


 パスタと思わしき物体をフォークを俺の前に差し出す紅瀬さん。

 ……人の話、聞いてた?


「…………………………」

「…………………………………………………」


 せめてもの抵抗で顔を背けてみたが、紅瀬さんは差し出した姿勢のまま動かない。

 何故か陽菜の方からも視線が突き刺さる。

 ……俺にどうしろと?

 抗議の意味も含め、紅瀬さんの方を見てみるが、紅瀬さんは動じる様子もなく、俺を見つめている。


「………………………………………………………………………」

「…わかった、わかったよ、食べればいいんだろ食べれば」


 俺は渋々と口を開く。


「はい、あ〜ん」


 待ってましたとばかりに紅瀬さんがフォークを俺の口へと運ぶ。

 口の中に入るパスタ(らしきもの)…………その瞬間、俺はイスから転げ落ちた。

 口の中で暴れる、燃やす、刺しまくる。

 コンマ一秒単位で舌の味蕾が破壊されていくのがわかる。

 あまりの破壊力に悶えることさえ出来ず、そのまま意識がフェードアウト。


「……へ……く……しっか……て、こう……い……」

(はっ、陽菜……)


 幼馴染の声を聞きながら、俺の意識は刈り取られた。





14hit! - 名無し(負け組)





「……くん」


 誰かが誰かの名前を呼んでる。


「……へいくん」


 へい? 変な名前だな。


「こうへいくん」


 こうへい? 俺と名前を同じじゃん。


「孝平くん」

 ……ってあれ? もしかして俺を呼んでるのか?

 しかも……この声は……


「陽菜?」


 俺が意識を失う前に聞いた幼馴染の少女が目の前にいた。


「……私、気付いたんだよ」

「……何にだよ?」

「普通に誘惑しても、振り向いてくれないなら、命令して振り向かせればいいんだ、ってことにね」

「…どういうことだ?」

「簡単なことだよ」


 陽菜がにっこり微笑み、そして口を開く。

 口を開いた陽菜を見て、絶句した。

 何故なら彼女の歯は……普通の人間より鋭かったからだ。


「……お前、まさか!?」

「孝平くんを眷属にしちゃえば、私以外の女の子を見ることなんてしなくなるよね」


 陽菜は妖艶に微笑みながら、自分で唇を軽く切って、そこから出てきた血を舌にとって、俺に近付いてきた。


「……来るな」


………

……




「来ないでくれぇぇぇぇぇ!!!!!!」

「きゃっ!?」

「はぁはぁはぁ……」

「こ、孝平くん?」

「は、陽菜……」


 何だ? ……俺、物凄く怖い夢を見てたような気がする。


「びっくりしたよ。孝平くん、うなされてたと思ってたら急に起き上がるんだもん」


 心配そうな顔で俺を見る陽菜を見て、彼女がいつもの悠木陽菜であることが分かり、ホッとする。

 ……何考えてんだ。陽菜が何で陽菜以外の何者かに見えるんだよ。

 寝ぼけてんのか?

 パンパン

 意識を覚醒させるため、頬を2回叩く。

 ……よし。

 もう1回陽菜の方を見た。


「……陽菜がずっと付いていてくれたのか?」

「うん。保健室の先生がいなかったから」

「今、何時だ?」

「4時をちょっと回ったところ」


 ……俺、まるまる1日サボリだな。


「ごめんな。わざわざ、陽菜まで授業休ませることにしちゃって」

「ううん、気にしないで。授業の内容は友達にノートを見せてもらえば大丈夫だよ。むしろ倒れてうなされてる孝平くんを放っておいた方が授業に集中できないよ」

「でも……」

「それに、孝平くんを1人占め出来るチャンスをみすみす逃したら、また別な子と仲良くしかねないもん」


 ジト目で睨む陽菜。


「う……」

「私が今日怒ってたの知ってた?」


 俺は黙って頷く。


「じゃあ、何で怒ってたのか分かる?」

「焼きもち……なんだろ?」


 今度は陽菜が頷いた。

 何となくだけど気付いた。

 気付いてしまった。

 目の前にいる陽菜が、俺のことを異性に対する好意を抱いているということに。


「私、朝に孝平くんとお姉ちゃんがベッドの上で抱き合ってるのを見て、頭の中が真っ暗になっちゃったの」

「陽菜?」

「お昼に紅瀬さんと一緒に帰ってきた時もそうだった」

「……何が言いたいんだよ?」

「もう嫌なの」


 もう今にも泣き出しそうな顔で俺を見る陽菜。


「孝平くんの隣に他の女の子が笑ってる光景を見るのは、もう嫌!」


 陽菜が泣き顔を隠すかのように俺の腹部に抱きついて、ベッドの上に押し倒す。


「私、孝平くんのことが好き――」


 告白。

 そして覆い被さるようにして陽菜の顔が俺の顔に近付いてきた。

 ……受け入れるべきなのかな。

 覚悟を決めて、目を閉じた。





甘酸っぱさは苺(15)のように - 優哉





 陽菜のような女の子に好意を寄せられて悪い気のする男はいないと思う。

 陽菜だけじゃない。瑛里華や白ちゃん、桐葉にかなでさん。

 皆、女の子として魅力的だと思う。

 そんな子に好意を寄せられるのは、男として嬉しくないわけがない。

 だからこそ、誰か一人を選ぶことなんて出来ない。

 心の底から欲していた大切な友を手に入れた今、俺の心に生まれたのは手に入れたものを失ってしまう恐怖だった。



 目を閉じた俺は唇に来るであろう感覚に集中していた。

 だが、目を閉じて暫くしてから感じたのは、予想していたものではなく、温かな雫が落ちてきたような感覚だった。

 不思議に思い、ゆっくりと目を開けるとそこに見えてきたのは、目にいっぱいの涙を浮かべていた陽菜だった。


「孝平くん……優しいね……」

「え?」

「いつだってそう……孝平くんは皆に優しい……ううん、優しすぎる……」


 陽菜の言いたい事が分からない。


「だから、余計に期待しちゃうんだよ……」

「……」

「今も、私を傷つけたくないからって、私のキスを受け入れようとしてくれたでしょ?」


 どうやら、俺の考えはお見通しのようだ。


「孝平くんに私の気持ちを受け入れてもらいたいけど、そんな同情みたいに受け入れてほしくないの……」

「……ごめん」


 陽菜の為とか言っておきながら、結局は俺の行為は陽菜の気持ちを真剣に考えてないのと同義だった。

 だからこそ、素直に謝った。


「謝らないで。そういう孝平くんの優しいところも好きなんだから……」


 俺は体を起こし、陽菜と向かい合った。


「陽菜……俺は――」

「わ、私こそゴメンね。急にこんな事しても孝平くんが困るだけだって分かってたのに……私、帰るね」


 陽菜は俺の言葉を遮り、俺に背を向けベットから逃げるように下りようとした。

 俺はそんな陽菜の腕を掴み、強引に引き寄せた。


「こ、孝平く――んんぅ……!?」


 そして、驚いて俺の方を振り返った陽菜の唇を強引に奪った。

 陽菜は最初こそ驚いていたが、すぐに俺に身を委ねてきた。

 正直、俺自身が自分の行動に驚いていたが、俺から逃げようとした陽菜の表情を見たら、無意識的に今の行動に出てしまっていた。


「……ちゅっ……んっ、ふぁ……」

「はぁ……んぁ、ん……くちゅ……」


 初めは、口先だけが触れては離れるだけの幼いキスだったが、次第に触れあう時間が延びていき、どれ位の間そうしていただろうか……

 実際の時間は短い時間だっただろうが、俺には永遠にも感じられるほどの甘い時間だった。


「孝平くん……」


 窓から差し込む夕日に照らされた陽菜の顔は真っ赤だった。


「ごめんな、無理やりで」

「いいの。私、孝平くんにならどんな事をされても平気だから……」


 その表情でその台詞は反則だと思う。

 その台詞で理性が半分くらい崩壊していた。

 俺は陽菜をベットに押し倒し、四つん這いの形で陽菜に覆いかぶさった。

 陽菜が少しでも嫌なそぶりを見せたら止めよう。残りの理性を総動員して、そう言い聞かせながら陽菜の言葉を待った。


「孝平くん……お願い……もう一度だけキス……して」


 否。音をたてて理性が崩壊していくのが分かる。

 再び陽菜の唇を奪おうと顔を近づけていき……


「孝平? ココにいるって聞いたんだけど大丈夫?」

「「!!??」」


 余りにも聞きなれた声、そして保健室のドアが開く音が響いた。


「孝平? ここにいる……の……」


 それから数秒も経たないうちに姿を現したのは、千堂瑛里華その人だった。

 とても言い訳のできる状況ではない。

 俺は完全に死を覚悟した……





滅びのバースt(ry (゜∀。) - 七夜





 土下座した。

 そりゃもうプライドとか思いっきり捨てて。

 問おう。今日という日は俺に恨みでもあるのだろうか。

 朝はかなでさんにキス迫られて陽菜を怒らして一発貰う。

 昼は紅瀬さんと一緒に授業サボって陽菜を怒らして。

 ついでに昼食ではクリムゾンパスタ(俺命名)を喰らい(誤字にあらず)。

 ようやく目覚めたら陽菜から告白されてキスしちゃってもう一回ってところで副会長に見つかり。

 ……もう一度聞こう。今日という名の神よ、俺に恨みでもあるのか。



 もはや何を言っても聞いてもらえないだろう。

 陽菜ならともかく見られたのはあの副会長だ。

 こんな状態を見られたらどんな人間でも何か言うに決まっている。

 俺は頭上から降り注ぐであろう罵詈雑言を待ち受ける。


「……頭を上げて、孝平」


 だが副会長からかかる言葉は優しげな――だからこそ恐ろしい声。

 上げて、と言われてあげることは出来なかった。


「……ねぇ孝平。貴方は私に何で土下座してるの?」

「何でって……」


 こんな公共の場で陽菜といちゃついてたから、だがそれを言うのはちょっと恥ずかしいものがある。

 それとも何か。これは罰か。副会長による新たな辱めか。

 答えられずゴニョゴニョとしていると副会長からさらに言葉が続けられる。


「他の人を選んだから? それとも二人がそういう関係だっていうのを黙っていたから?」

「え、いや違――」


 う、と最後まで言い切ることが出来なかった。



 副会長は、泣いていたから。



「ねぇ……私、何が駄目なの……? どうすれば貴方の心を手に入れることが出来るの……教えてよ……」


 何も、言えなかった。

 普段とは全く違う副会長の姿を見て、頭がパニクっていた。

 何故、なんで?

 地べたに座り込んで泣く副会長、罪悪感からか目を背けようとする陽菜。

 分かっていた、はずだった。

 誰か一人を選ぶということは、他の皆を切り捨てるということだって。

 陽菜にあぁいった行為をした以上、こうなるのは仕方ないって。

 だけど、そんな思いも副会長の泣いてる姿を見て頭が真っ白だった。

 どうする、と考える。

 副会長を慰めるか? 否、聞いてはくれないだろう。

 なら陽菜を捨てることが出来るか? 否、捨てるなんて出来ない。


「そうか……」


 改めて実感する。

 誰かを失うのがこんなにも怖いということ。

 そして――


「俺……やっぱり皆のことが、好きなんだ」





ずっと、17りに(となりに) - トーマ





 副会長と陽菜にはとりあえず今日は帰ってもらった。

 俺も副会長も冷静に話せる状態じゃなかったし、この話に関しては適当な言葉でうやむやにすることなんて出来ない。

 情けないかもしれないが、俺の中の答えをちゃんと言葉にできるまで待って欲しい。

 そう言う俺に微笑み、陽菜は副会長を連れて部屋を出て行った。

 ベッドに寝転ぶ。

 先程のことが頭によぎる。

 陽菜、そして副会長の涙。

 そして……


 確かに、俺は皆のことが好きだ。


 副会長も、紅瀬さんも、白ちゃんも、かなでさんも、陽菜も。

 かけがえのない仲間だし、大事な友人だ。

 失いたくない。これも本心。

 でも……それだけなのか?

 仲間だから失いたくないのか?

 友人だから失いたくないのか?

 ……違う。

 俺はもっと別の意味で彼女たちのことが好きだ。『5人の中の誰か』じゃなくて『彼女たち全員』が好きなんだ。

 だから、失いたくない。誰か一人を選んで、他の誰かを失いたくない。

 だから、かなでさんの姿に心乱れた。陽菜の好意を拒めなかった。副会長の涙に心が揺さぶられた。

 彼女たちが好きだから、彼女たちを失うのが怖かったから……。

 誰かを選べないんじゃなく、彼女たち以外を選べない。

 我ながら優柔不断だと思うが、これが偽らざる本心なんだから仕方がない。

 他の誰でもなく、彼女たちと共に歩んでいきたい。

 身勝手な願いだとは自分でも思う。でも、自分の気持ちを誤魔化すことはできない。

 茨の道かもしれない。それでも、俺はその道を歩みたい。何があっても、隣に彼女たちがいれば、どこまででも行ける。

 だからこそ、変わろう。

 副会長は俺を責めなかった。ただ、俺を手に入れられない自分を責めていた。

 陽菜は俺を求めた。でも、心から求めていたからこそ、俺を拒んだ。俺に心がなかったから。

 眩しいほどに美しい二人。そして、それは他の三人も同じ。

 そんな彼女たちと共に歩むんだ。それに釣り合う男にならなければいけない。

 正直、難しいかもしれない。でも、ここに来て俺は変われた。新しい自分になることができた。

 だから、変わろう。彼女たちに釣り合う男に。

 何をすればいいかも、どうすればいいかもわからない。それでもやる。それ位しなければ、失わないなんて不可能だと思うから。

 一歩づつでもいい。変わっていこう。

 彼女たちのために、そして俺自身のために……





あえて言わせてもらおう…イエィと(18)! - 名無し(負け組)





 とりあえず……司に相談してみっか。

 俺は保健室から阿修羅をも凌駕するスピードで寮へ戻った。

 コンコン。

 そして、司の部屋をノックした。


「あぁ?」

「俺だ」


 ガチャ

 ドアが開き、司が顔を出す。


「よう、サボリ魔」

「うるさいやい」

「それはともかく、何か話があんだろ。入れよ」

「ああ」


 俺は司の部屋の中にお邪魔した。

 司が適当なクッションを1つ俺に投げつけてきた。

 俺はそれを下に敷き、腰を下ろした。


「で、何の話だ?」

「ああ。実は――」


 俺は司にさっき気付き、決意したことを話した。

 ――副会長達5人の少女が全員好きで、誰1人欠けてはいけないということ。

 ――俺を好きでいてくれる彼女達に釣り合う男になること。

 ――そして、そのために俺自身が変わるべきだということ。


「…なるほど」


 全部の話を聞いてから、司が口を開いた。


「孝平、1ついいか?」

「ああ」

「お前、勘違いしてるぞ」

「え……?」


 どういうことだ?


「悠木達がお前を好きだってことは誰の目から見ても明らかだ」

「……」


 頷く俺。

 正直、今の今まで、そのことに気付かなかった自分が情けない。


「だが、それはお前が生徒会長のような完璧人間だからじゃない。支倉孝平っていう1人の人間だったからだ」

「え…」

「確かにお前は優柔不断だ。世間から見たらヘタレだ。だが、あいつらは、そんなところを含めた、支倉孝平って人間が好きなんだよ」

「…」

「世の中、弱いところをもたない人間なんていないさ。だが、お前は弱いところを受け入れられないって勝手に思い込んでるんだ」

「思い込み…」


 そう…なのか?


「お前は他人に弱いって思われるのが怖いんだ」

「…」


 そう……なのかもしれない。

 俺は陽菜達に嫌われることと同様に情けない男だって思われるのを怖がっているということに気付いた。


「お前が思ってるほど、弱いことは罪じゃないさ。お前が悠木達を受け入れるだけじゃなくて、悠木達にお前の弱いところを受け入れて貰え」

「それは……陽菜達に甘えろってことか?」


 司が頷く。


「お互いを支えられる関係。それが愛し合う関係だと俺は思ってるんでな」

「……司、お前って結構クサい奴だったんだな」

「そんなんじゃねぇよ。……ただ、俺にもいろいろとあったんだよ」


 ……聞かない方がいいんだろうな。

 こいつにもいろいろと隠してることがあるみたいだし。


「何はともあれ、サンキューな」

「気にするな。明日エビチリカレーな」

「…分かったよ。んじゃ、帰るな」

「おぅ」


 俺は司の部屋を後にして、自分の部屋に戻った。

 ……強くなること、変わることが決して正しいってことじゃないんだな。

 俺はすっきりして、思わず笑みを浮かべた。





自分の信じた道を行く(19) - 優哉





 司のアドバイスを受けた翌朝、白鳳寮を出たところで副会長と陽菜に出会った。

 昨日、あんな事があったばかりなだけに副会長は気まずそうな顔をしている。


「あ、あの……き、昨日の事な「そんな事より、瑛里華」――え?」


 副会長いや、瑛里華の言葉を遮る。


「孝平……今、私の事“瑛里華”って……」

「2人に聞いてほしい事があるんだ。少し時間いいか?」


 2人は無言でうなずいた。

 俺たちは寮と通学路から少し離れた木陰にやってきた。


「まずは、昨日のことだけど……」


 一瞬、瑛里華の体が強張った。

 陽菜も表立った変化を見せてないが、どことなく落ち着きがなくなった気がする。


「生徒会役員として、学院であんな行為をしたのは間違ってた。ごめん」


 俺は2人に向かって頭を下げた。


「でも、それは孝平が悠木さんの事が好きだから、昨日のような事になったんでしょう……?」

「千堂さん……」

「だったら、それを私がどうこう言う権利は無いわ……」


 俺は頭をあげて瑛里華と向き合う。

 瑛里華は昨日みたいに、涙こそ浮かべていなかったが、いつも勝気な瞳は悲しみに彩られていた。


「確かに俺は陽菜の事が……好きだ」

「孝平くん……」

「っ……!? そ、そう……なら私はもうここにいる必要はないわね」


 俺の告白を聞いた瞬間の2人の反応は対照的だ。

 陽菜は、若干複雑そうだが、それでも表情や雰囲気から喜んでいるのが分かる。

 一方、瑛里華は俺から目線をはずし、踵を返して走り去ろうとするが、それより早く瑛里華の腕を掴んで引きとめた。


「最後まで聞いてくれ……」


 俺は俺の想いを2人に伝えなきゃいけない。


「これ以上私に何を話すって言うのよ! せっかく悠木さんと両想いになったんだから、仲良く2人っきりで話でも何でもすればいいじゃない! それとも何? 振られた私に見せつけたいわけ!?」


 瑛里華は完全に泣き出していた。矢継ぎ早に言葉を投げつけてくる。


「瑛里華……」


 俺は瑛里華の肩に手をかけて、優しく言い聞かせるように話した。


「俺が陽菜の事を好きだという気持ちと同じくらい、俺は瑛里華の事も好きなんだ」

「え……」


 瑛里華は何を言われたか分からないといった感じで呆けた表情をしている。


「俺は、瑛里華の事も陽菜と同じくらい好きだ」

「う、嘘よ……私に同情してそんなこと……」

「嘘じゃない。昨日、瑛里華の涙を見てからゆっくり考えたんだ」


 俺は司に言われたこ事を噛みしめながら、2人に語りかける。


「甲斐性無しと思われるかもしれないけど、俺は瑛里華と陽菜のどちらかを選べと言われても選べない。俺にとって2人は大切な友人であって、俺は2人の事が好きだら……」


 司は俺にこんな俺の相談に真剣に乗ってくれた。

『お前の弱いところも受け入れて貰え』

 司の言葉を思い出す。


「こんな俺だけど、2人の事が好きだという気持ちは本物だ。2人にはこんな俺でも受け入れてもらいたい」


 最初に答えてくれたのは陽菜だった。


「私は、孝平くんの全部が好きなんだから当然だよ。でも、いつか私が孝平くんにとっての“たった1人”になってみせるからね」


 陽菜は満面の笑みを浮かべながら、そう答えてくれた。


「ありがとう。……瑛里華、やっぱり瑛里華はこんな俺は嫌いか?」

「孝平、その質問はずるいわ。私が孝平の事を嫌いになるわけないじゃない」


 瑛里華は涙を拭いて笑顔を見せてくれた。

 その表情は本当に綺麗で、俺は瑛里華の事が好きなんだなぁと改めて実感した。


「2人とも、俺の事を受け入れてくれてありがとう」

「でも、孝平くん。これだけは言わせて」

「……なんだ?」

「これ以上私たち以外の女の子に手を出したら、許さないから♪」

「悠木さんの言う通りだわ。もしそんな事したら……分かってるわよね?」

「あ、あぁ……」


 逃げ出したくなるような威圧感(殺気とも言う)が2人から放たれた。


「それじゃあ学院にいきましょうか♪」

「そうだね♪」


 瑛里華が俺の右腕に、陽菜は左腕にそれぞれの腕をからめ学院までの道を歩く事になった。





通(20)り過ぎた途(みち)にいた漢 - 七夜





「孝平君……大丈夫?」

「だ……じょ……じゃ……い」

「声を出す器官が著しく劣化してるわ」


 あ、ありのままのことを話すぜ。

 学校について瑛里華と別れ、教室行く前にちょっとトイレへと思い陽菜とも別れた。

 次は紅瀬さんに、その後はかなでさんと白ちゃんにあのことを話さないといけないと思って緊張したらしい。

 一人でトイレに入ったんだ。

 すると続々と他の男子学生達が入ってきた。

 そして一人が突然俺を殴った。

 何をするんだ、という暇もなくほかの奴らもタコ殴りを始めた。

 今まで嫉妬されていたのが朝の二人に腕をからめていた姿を見てプチン、といってしまったらしい。

 元々、五股疑惑をかけられていたのをとうとう実行に移したんだ。そりゃ切れるだろう。

 それだけならいい。いや、良くないけど想定内だ。

 だが……だが俺はその後に悪夢が待っていたことに気づかなかった!

 俺フルボッコの最中、突然勝手にトイレの個室のトビラが開いた。

 そして便座には青いつなぎの作業服を着た男がいたんだ。

 「ウホッ、いい男」とか思う暇も無くその男は言ったんだ。


「 や ら な い か 」


 全員が唖然とした。

 だが男はその空気を全く気にせずつなぎをおろし始めたんだ。

 その時、俺達は全員同じことを思ったんだ。


 殺られ……いや、「犯られる」と!


 何を言っているのかわからねーと思うが、俺も(中略)。

 とにかくこの場にいてはいけない、俺達は確信していた。

 だが男は既に近くに居た男子学生Aの肩を掴み、言った。


「俺はノンケだって構わず食っちまう男なんだぜ」

「や、止めろ、来るな……やめろぉぉぉぉ!!!」


 全力で逃げた。

 それはもう、音速を超える速さで。

 教室に辿り着き、顔中腫れてる姿を見て陽菜と紅瀬さんが急いで寄ってきた。

 ゴメン、紅瀬さんには会ったらすぐ話そうと思ったけど、やっぱ無理だわ。

 二人に連れられ、保健室に行く途中に男子トイレの前を通り過ぎる。

 そして聞こえてくる……彼らの断末魔の声が……。


「アッー!」


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