「雄真殿」

「んー?」

 学ランのホックまでも律儀に留めた硬派そうな雰囲気の男子学生が、少しだらけた格好をした男子学生に声をかける。

 前者は上条信哉、後者は小日向雄真というのがそれぞれの少年達の名前である。

「近頃、けいおんびっくりとやらをする女子達が世間的に人気を集めているらしいな」

「言いたいことは分かるが、その読み方はおかしい」

 ちなみに、信哉が言いたいのは軽音楽のことであって、決してアニメ版の主題歌の週間売上がワンツーフィニッシュした4コマ漫画ではないので勘違いしないように。

「……で、今回はあれか。沙耶ちゃんにギターとか始めさせて、俺を落とそうって魂胆か」

 雄真が呆れたように言葉を紡ぐ。

 ちなみに、彼の台詞の途中で出てきた「沙耶ちゃん」というのは、信哉の双子の妹の上条沙耶のことで、雄真に恋する女の子のことを指す。

 その気持ちを知った兄である信哉、自分からお節介を焼いて雄真と沙耶を引っ付けようと動いているのである。

「いや……間違ってはいないが、そうではない」

 信哉は雄真の言葉を半分肯定して、半分否定した。

「どういうことだ?」

「俺が言いたいのは、だ」

 コホンと一度咳払いをしてから、信哉が本題を口にする。

「雄真殿。俺と沙耶と一緒に軽音楽の団体をやらないか?」

「…………え、マジで?」

 この反応から、信哉の言葉が雄真の予想を遙かに超えた提案だったことが伺える。

「ちょっと待て。この際、何に影響を受けたかはあえて聞かない。……ちなみに、唯は俺の嫁な

「そうか。俺としては澪殿が好きだ」

 何故かアニメキャラの好みについて語りだす雄真と信哉。

 ちなみに、著者はアニメは勿論、漫画版も見てはいない。

「へー意外だ。沙耶ちゃんとはずいぶん違うタイプ……いや、性格的には似てる、のか?」

「そのようなところだ。ついでに言えば、俺に動画の電子多様性円盤を貸してくれた先生は梓殿に恋しているらしい」

 長ったらしい漢字の羅列の物質はDVDのことである。

「教師まで見てるとは……」

 この国の現在に対して、雄真が複雑そうな表情を浮かべる。

 余談だが、どこぞの大学の講義の小テストで、雄真達が話題にしているアニメに関する出題をしたらしい。

「まぁ、ちょっと脱線したから話を戻そう」

「うむ」

「ところで、軽音始めたいっていうのはいいんだ。お前とか沙耶ちゃんとか無趣味っぽいから、それを作るって意味でもな。

だけど……大丈夫なのか? ギターとか楽器ってかなり金かかるぞ?」

 残念ながら、作者は音楽は一切やっていないので詳しいことは分からないが、どうやら自分でギターなどの楽器を手に入れようとするのなら、最低でも5桁の出費は覚悟しないといけないようだ。

 そして、上条兄妹は、普段の食事で白米を口にすることすら珍しいほどに節制しており、とても簡単に万単位の出費を出来そうな人間ではない。

 それらのことを知っていた雄真は、心配して信哉に聞いたが、彼は問題ないと言う具合に首を横に振った。

「いざという時のために貯金していたからな。先日、それを切り崩して、沙耶と共に楽器は買い揃えた」

「行動早いな、おい」

 雄真が驚いた顔で信哉を見た。

「つか、沙耶ちゃん、よく信哉の提案に許可出したな……」

「あいつも俺と共に動画を見てぎたーに興味を持ったらしくてな。ちなみに俺はどらむを買った」

「……ドラムなのか。確かに一番似合ってる気はするけどさ」

 どうでもいいが、信哉が好きな楽器を買うきっかけとなったアニメのキャラの担当はドラムではない。

「うむ。俺も動画を見ていて、一番しっくり来ると思った楽器だったからな」

「まぁ、それはいいんだけどさ。何で俺を誘ったんだ? 他にも乗ってくれそうな奴はいるだろ?」

 現在の世の中は、アニメの影響でそれなりに軽音楽を始めようとする人間も少なくないと聞く。

 まぁ、思いつく限りでもサッカー、ドッジボール、バスケットボール、テニス、囲碁、アメフトなどがそんなきっかけで日本で流行していたこともあるため、今更突っ込む気も起きないが。

「流行に便乗して楽器を始めようとする輩を誘う手否定しないが、雄真殿はべーすを所持していると八輔殿が聞いたことがあるからな」

「……うん、まぁ、持ってるけどさ」

 ちなみに、購入したきっかけは、言うまでもなくアニメである。

「それに、同じ団体で演奏する方が、沙耶と雄真殿の仲も進展するという理由もある」

「なるほどね。

ま……今回は、信哉の思惑に乗せられた形になるけど、俺も軽音やってみたいって気持ちは少なからずあったし、他のメンバーにも当てがないから、お前の提案に乗るとしよう」

 雄真が肩を竦めた。

「ありがたい。では、早速、明日から始めようではないか」

「了解」

 ここに新しいバンドが誕生した。

 

 

 翌日。

 ある空き教室にて、3人の少年少女が各自担当する楽器を持って集まっていた。

「全員揃ったな。では始めるとするか」

 ドラムの前に構えた信哉が音頭を取り、

「おう。よろしくな、信哉、沙耶ちゃん」

 ベースの弦の状態を確認した雄真が沙耶の方を向いて、

「は、はい……よろしくお願いいたします、小日向さん……」

 想い人に視線を向けられた沙耶(ギター装備)が、照れくささで顔を伏せた。

「で、何か演奏したい曲とかあるのか?」

 顔合わせもそこそこに、雄真は古風な双子の姉妹に向き返った。

「あの……差し出がましいのですが、1曲演奏させてもらってもよろしいですか?」

「……あれか。あれはいい曲だ」

 沙耶の反応から、信哉は彼女が演奏したい曲が何か分かったようだ。

「じゃあ、それをやろうか。とは言っても、その曲名も知らないからまずは2人に軽く演奏してもらうか音源流してもらわないとな」

「……分かりました。お恥ずかしいですが、演奏させていただきます。……兄様」

「うむ。いくぞ、沙耶」

 信哉が沙耶の呼びかけに間を置かずに頷いて、買ったばかりだと思われるドラムの音を鳴らす。

 兄が奏でる音にタイミングを合わせて、沙耶が歌うために口を開く。

「……え?」

 彼女が歌っている曲が分かったとき、雄真は呆然とした。

 彼は少し流行に疎い兄妹が選んだのは古い歌謡曲か学校で習うような童謡だと予想したのだが、全く違っていた。

 そして、その曲は後日、雄真達の友人の前で披露されることになる。

 その時の光景を、ご覧あれ。

 

 

 瑞穂坂学園の音楽室に十人前後のギャラリーを前にして、楽器を構える雄真達。

 なお、部屋の中に集まっている観衆はみな、彼等の友人達である。

「皆の衆、今日は俺達『放課後機関銃』の演奏会に集まってくれたことに感謝する。どらむの上条信哉だ」

 パンパンパーン!

 軽くパフォーマンスして友人達を沸かせる信哉。

 ちなみに、バンド名を考えたのも彼だ。

「あの……歌とぎたー担当の上条沙耶です。皆様、楽しんでいってくださいね」

 遠慮がちに微笑みながら、自分の楽器の音を鳴らし盛り上げる沙耶。

 そして最後に。

「あー……その、なんだ。下手なりに、精一杯やるから、最後まで俺達の演奏を聴いてほしい。ベースの小日向雄真だ」

 最も大きな歓声を受けた。

 さすがは主人公といったところか。

 雄真の自己紹介が終わったところで、マイクをボーカルである沙耶の前に置かれたスタンドに直した。

「では……お聴きください。――『夏はマシンガン』」

 一礼してから、沙耶はドラムの信哉に目配せする。

 頷いてから、ドラムを鳴らしてタイミングを整え、ボーカルが息を大きく吸い込んでから口を開く。

「みんなぁ、熱くなってるぅ?」

「おおーっ!」

 今まで曲が何か聞かされていないはずなのに、すぐにノリに順応するギャラリー達だった。

 それを見て、ニコリと沙耶が微笑んだ。

「OK! それじゃあ、今日も張りきっていっくよー!!!」

「いぇーい!!!」

 観衆が雄叫びで応え、本格的に伴奏が始まった。

――――♪

「ヘイ!」

 常に暑苦しい男、高溝八輔が全力でジャンプした。

――――♪

「ヘイ!」

 こんなに可愛い子が女の子なわけがない日本代表の渡良瀬準も限界まで腕を天に突き上げる。

――――♪

「ヘイ!」

 瑞穂坂学園が誇る美少女達、神坂春姫、柊杏璃、高峰小雪、小日向すもも、式守伊吹も、人目を気にせず声を張り上げる。

――――♪

「ヘイ!」

 主役の沙耶を励ますように、脇役を務める信哉と雄真も目一杯叫ぶ。

「やってきましたとても暑い夏、私のハートも自然にヒートアップ!

海は泳いで山で昆虫採集、お昼は定番、なつのとも冷たいソウメン。

一本だけ色の違う麺が入ってるとワンダフル(ワンダフル)、とてつもなくラッキー(ラッキー)

だけど一夏のホットロマンス(ホッート!)、ふれたならやけどする(いぇい!)

素敵なあの人と手をつなぎ一緒にエンジョイタイム止まらない(エンジョイタイム!)

どんなに暑くてもへこたれないわ、それ以上に私のハートは燃えている! 過激なほど(ファイアー!)

そう、この夏にかけるのよ、いつだって熱い青春のチャンス!(チャンス!)

見上げれば青い空(ヘイ!)

白い雲(ヘイ!)

真っ赤な太陽(ヘイ!)

夏が呼んでるぅ〜!(ヘイ! ヘイ! ヘイ! ヘイ!)」

 ここまで演奏開始から約1分ほど、『やってきました』からラストの『ヘイ』までで言うと30秒ほど。

 沙耶は一度も噛むことなく、歌詞を間違えることもなく乗り切った。

 さすがは魔法使い、このような早口には慣れていたということか。

 演奏はところどころ音を外したりずれていたところはあったが、さすがに楽器を買って間もない3人に、そこまで完璧を求めるのは酷ではないだろうか。

 また、観客達も信哉と雄真も、全くタイミングを外すことなくコールを入れていた。

 皆この歌を知っていて何度も聴いていたからなのか、自然と曲のノリに合わせることが出来たからということなのかは分からないが、どちらにしろ、部屋の中が一体となって演奏を盛り上げているということには違いない。

「Ah...終わらないこの夏、いつまでも、想いと・ま・ら・な・い〜」

 そして、歌が終わり後奏に入った。

 最後まで、部屋の中は高いテンションを保ち続け、演奏が終わったところで、ギャラリー全員から大歓声を受けた。

 それを受けて沙耶は、熱唱で頬を上気させた状態で皆に微笑んだ。

「――ありがとうございましたっ!」

 ボーカルの挨拶を合図に、雄真も信哉も観客達に頭を下げる。

 その後、一段と大きい拍手と歓声が会場を包んだ。

 真夏のような音楽室の中で、我らが雄真と言えば……。

――未だに、何で沙耶ちゃんがこの曲を選んだのかは分からんが、歌ってる時、楽しそうだったし、それにすごく輝いてて綺麗だったから、いっか。

 そんなことを考えていたとか、いないとか。

 ちなみに、『放課後機関銃』の第2回演奏会に関しては未定である。

 

 

 沙耶ちゃんの顰蹙を買って飛ばされもしないのに、雄真への好感度が上がったなんて珍しい。

 次もこんな風に終わればいいが、そうはいかないのが、この物語のお約束。

 でも、妹の恋愛成就のために、もっと頑張れ、信哉くん!

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